いつだったか、「いつかセリ美茶なんてやっちゃったりして!!なはははは!!」なんて遊び半分で言っていたことが、こんな風に実現してしまうなんてねえ…

そりゃあ感無量とはこのことですよ…





舞台人としてチャレンジし続けるミズさまを見習って、セリ美も何かにチャレンジする人生を!と思い切ってライターという職業を選んでみて、偶然見つけたチケ〇ャンでの専属宝塚ライター募集のお仕事に飛びつき、そこでの書きっぷりを評価いただいてコラムを書いてみませんかというお話をお受けしてみて…


そして流れ流れてこうして宝塚ブロガーとしての人生が始まり、週刊朝日に載るという大きな出会いがあったり、そこからテレビ出演の打診を受けたり、なんだか思いもよらない方向に人生が動いております。



その最たるもの、セリ美茶。




もうね、セリ美のためにわざわざ会場に足を運んでくださる皆さんの様子をこっそり盗み見ておりまして、セリ美は人知れず泣いておりました。

セリ美が描いたイラストのグッズが皆さんの手に渡って世に出回ったりするのもそうですし、自分のこの手から生み出されたものが皆さんの人生のひとコマを彩ると思うとねえ…

泣けてきちゃうんですわ。







ここでちょこっと、なんでセリ美がこんな考え方をするようになったかというのを思い切って語ってみますね。



前にも少し書いたことがありますが、セリ美はすごくすごく過酷な環境で生きてきたんですね。


ショッキングなことなのであまり詳細は明言しないでおいたほうがいいと思いますが、まぁ要は最近よく聞く幼児虐待です。
しかも実の親からの。


セリ美は割と優等生だったのに、「お前なんか人間のクズだ」的な人格否定の言葉や、殴られたり火傷させられたり、入浴や洗濯を禁止されたり、実家ではそんな人生を送ってきましてですね。

今はそういう親のことを『毒親』と呼ぶようですけど、間違いなくセリ美の親と祖父母と叔母は毒でした。彼らに洗脳されてしまった兄も今や毒となりました。




なんでそんなに頭のおかしい大人しかいなかったんだろうっていま冷静に考えてみると、祖父母は戦争の時代の人ですから、やっぱりそういうのがかなり影響しているようでした。

戦争による心の傷と貧困が耐えられないほど心の弱い2人(祖父母)が、めちゃくちゃな子育てをセリ美の母と叔母に施したことが元凶だったのだろうな~、と。

そんな母がセリ美のことをまともに育てられるはずもなく、セリ美を痛めつけることでギリギリの正常を保っていられたのでしょうねえ。
「あんたは私がいないと生きていけないくせに」と感じたかったのだろうなあ。



せめてセリ美に父親がいたらまだ逃げ場があったのかもしれないですけど、母はセリ美を身ごもっている時に離婚をしていますので、セリ美は父親を知りません。




血のつながった、周囲にいる大人が全員セリ美のことを心身ともに痛めつけてくるという過酷すぎる環境だったんですが、普通はそんな環境で生きてきたら、精神が壊れてしまうのが当たり前ですよね。

不良になってしまったり、精神病になってしまったり。




そんなセリ美の精神の正常を保ってくれたのが、エンタメと友達でした。

宝塚ももちろんそのひとつです。


エンタメに陶酔している間は現実世界の苦しいことを忘れられたので、本当に心の逃げ場でした。

でも家にいる間は常に誰かに攻撃されているというあまりに過酷すぎる環境なので(家出できるほどの勇気もなかった)、エンタメだけでは苦しさを紛らわし切ることができず、どうしてもつらいときは友達に励ましてもらいました。


一緒に馬鹿な話をしたり、と思ったら急に哲学じみた真剣な話をしてみたり。


セリ美の今のこういう「面白いことしようぜ!」という発想とか哲学好きなところは、その時に育んだ感性ですね、きっと。




実の家族にこんなに邪魔者扱いされるなら生きている意味なんて見出せるわけもなく、何度も生きることを諦めようとしましたが(でもやっぱり実行に移す勇気まではない)、友達に「それは正解じゃない」と教えてもらい、今日まで命を繋いできました。



つまり、友達はセリ美の命の恩人なんです。




血の繋がりなんてなんの意味もなくて、赤の他人であるセリ美に本当に皆さん良くしてくださいました。

もちろんその皆さんから受けたご恩を忘れたことはありませんし、できる限りのお返しをしたいと努めていますが、それでもやっぱり返しきれないご恩を感じているわけです。


で、その返しきれない持て余した恩をどうしたらいいのかなって思って、セリ美に関わってくださる皆さんに返していこう、という考えを持つようになりました。

とにかく人には優しく、人の喜ぶことを考えたり、セリ美が持ってる能力で役立つものがあればどんどん使ってもらおう、とか。



タカラジェンヌさんも、上級生から教わったことをお返ししたいと思うなら、同じことを下級生に伝えることが恩返しになる、って言ってますよね。

そんな感じです。

人から受けた恩は、セリ美が関わる皆さんに返していくことが恩返しになるのかなって。





とはいえ、そんな自己犠牲精神ばかりではなく、ちゃんと「自分らしく楽しく生きる」ということもすごく大切にしています。

しなくてもいい苦労をたくさんしてきたので、実家から解放された今はできるだけストレス要因を排除して、存分に人生を楽しもう!と。



たっっくさん出会う人の中では、やっぱりどうしても考え方が合わない人も出てきます。
そういう人と仲良くしてもお互いにストレスを感じますしいいことが無いので、「所属が異なる人種」と割り切ることにしています。


仕事も、「いやだな」と思ったら迷わず逃げます!最短1日で仕事を辞めたことも!!(笑)
あ、もちろん「辞めます」って正々堂々言いますよ!理由もはっきり伝えますよ!

今も、フリーライターということでいろんなクライアントさんと出会いますが、ちょっとでも「いやだな」と思ったらすぐ「他のライターさん探してください」って言っちゃいます!



ま、だからこんなに貧乏なんですけどね………



でも、お金よりも自分の精神衛生のほうがずっと大事ですもん!いいのいいの!

もやし料理のレパートリー増やすからいいのいいの!





そうやって、自分が「いやだなあ」と思う要因をできるだけ遠ざけ、「苦労した分、人生を楽しみ尽くそう!!」という2つの気持ちで今を生きているセリ美です。





長くなりましたが、このように「いろんなチャレンジをして自分の可能性を試して、人生を楽しまなきゃ!そして人にも楽しんでもらいたい!」という気持ちゆえに、今回の「お茶会やってみよう!!」に繋がっている、というお話でした。


親から自分の存在も能力も否定され続けて育ったので、根底にある自己否定の気持ちをなんとか塗り替えようと、「そんな私にだってできることがきっとあるんだから!!!肯定してくれる人だってきっといるんだから!!!」と日々を生きております。




そして、そんな私を励ましてくれるのがタカラジェンヌさんの生き様だったりもします。

10代の遊びたい盛りをすべて芸事に捧げて、上級生からの理不尽な注意にも耐え続け、20代の恋愛したい盛りもほとんどを芸事に捧げ、30代の適齢期もすべて芸事に捧げ、私たちに夢を見せてくれるその生き様。

なんと勇気をもらえることでしょう。


単に「素敵な舞台が観られる」というだけではないことが、宝塚が105年も愛される理由の一つではないかな~なんて思います。







ということで妙に真面目な語りをしてしまいましたが、そんなセリ美なので、今回のお茶会の成功は本当に本当に大きなことでした。

ちょっと大げさかもしれないけど、セリ美が親の元を離れてここまで自分で選んできた人生の選択や価値観が間違いじゃなかったことを実感できました。


登場で扉を開けた時の皆さんの笑顔がもう忘れられません。


親に邪魔者扱いされていたセリ美が、いまこんなに皆さんに迎えられてるんだ!!というのは、セリ美の存在意義を肯定するほどのものでした。





それほどの、感謝の念を感じています。




お茶会でセリ美を盛り上げてくださった皆さんも、お茶会には来られなかったけど応援してくださった皆さんも。

本当に、本当に、ありがとうございました!!!!!!!!



退団者の皆さんがよく言ってる、「これ以上感謝を伝える言葉が無いのがもどかしい」というのは本当にこういうことなのですね。




皆さんからもらった気持ちをまた返していかれるように、また来年何か新しいチャレンジができるようにがんばりますね!!



約3か月かけて毎日必死に準備してきた日々がもう懐かしい…
大変だったけど、とっても楽しかったです!





次回、お茶会レポをお送りしますね!











まずは、溜まりに溜まった仕事と雑事をやっつけなければ………