有難いことに遠征も再開できまして、でも仕事量は変わらないので相変わらずバタバタした日々を送っております。
本当は遠征再開の記事を書く気満々でいたんですが、どうも日本にネガティブな空気がずっとはびこっており、元気にレポを書く気力が湧かず…
セリ美なんてふざけてなんぼのブロガーなのにねえ。
ふざける気力が湧くまでもう少しお待ちくださいね。
さて、先日もまた一人、才能溢れる若者が命を絶ちました。
しかも、理由がまったくもって不明で兆候もまったく無かったという最大のモヤモヤを残して。
有名人というものはその人がどんなに人気者であってもアンチゼロの人なんてきっと一人もいないでしょうし、必ず自分を否定する声にぶつかるでしょう。
だからほとんどの有名人がネガティブな気持ちに支配される瞬間の経験があるだろうな、と想像します。
たいして有名でもないこんなセリ美にだってきっと否定者はどこかにいるだろうし、運悪くアンチボイスを目にしてしまうこともあります。
でもブロガーなんて本人の気持ちひとつで、明日にだって引退することができるお気楽な立場ですから、俳優さんたちが抱えるプレッシャーや責任感とは比べ物になりません。
有名になるってことはすごいリスキーなことですので、そのリスクを背負いたくなければ有名にならずに地味にひっそりと暮らすのがいいんですけど、そのリスクを凌げるほどの達成感や楽しさがそこにあるから、芸能人になったり文化人を目指したりするわけですよね。
セリ美だっていちヅカファンとして発言もせず絵も描かず、ひっそりと東京と兵庫を行ったり来たりするだけなら、アンチボイスを目にして悲しんだり怒ったりせずに済むわけです。
でも、たくさんの読者さまに「セリ美いいぞ!」と言っていただける喜びって、自己肯定にすごく活きているので、今となってはセリ美の生きる活力のメインを占めています。
でも、三浦春馬さんはその生きる活力が闇に呑み込まれてしまったわけで。
別にふざけてるわけじゃなく、セリ美のイメージ的には、「ゆこ~うよ~ふた~~りで~~~~」と閣下に誘われて、そのまま死の接吻をしてしまったのだろうな、と想像します。
危うい人って、なんとなくその言動を見てると「大丈夫かなこの人」って思ったりしますが(必要以上に元気とか、すごくへりくだる人とか、対面時と文面でイメージに乖離がある人とか)、三浦さんに関しては誰もがその危うさを感じていなかった。
これが今回の大きなショックに繋がっているわけですね。
うつ病でもなく、生きる目的が無いわけでもなく、孤独でもなかった(少なくともお友達はたくさんいたようですね)。
それでも生きることを諦めざるを得ないような、耐えがたい何かがあったわけですよね。
セリ美ごときが考えたって真実が分かる可能性はゼロですけど、それでも考えることをやめられなくて。
プロレスラーの木村花ちゃんの場合を考えてみても、このコロナ騒動で世界がネガティブな空気に覆われていることも多少の要因のひとつにはあったのかなあ…なんて。
嫌でも自宅でスマホ等を見る時間が増えて、友達と美味しいもの食べて談笑してすっきりすることもできず、ウイルスを故意にまき散らす悪い輩に苛立って、それに対するみんなの怒りの声がSNSにたくさん溢れていて。
この世に正義はないのか、と絶望するようなことばっかり目にします。
実はセリ美も先月とても嫌なことがあって、絶望していました。
読者様や友人たちの見事な言葉で今は立ち直りましたが。
セリ美を追い詰めに追い詰めた母に、孫が産まれると人づてに聞きましてね。
たった一人の娘を何十年も傷つけ続けて正しい愛情の一つも注がなかったあの人でなしに、孫が…と。
これから可愛い可愛い初孫の成長に大フィーバーして最高に幸せな老後を送るのかと思うと、因果応報などこの世にはない、母には最高な人生がこのあと待っていて、セリ美はいつまで経っても母にされたトラウマから解放されない余生を送るのか…とね。
その件もあって悶々する日々を送る中、気付いたんです。
母にされたことはネグレクトとか虐待とかいろんな表現があるけど、要は「いじめ」だったんだ、と。
木村花ちゃんもSNSいじめに遭って人生を諦めた。
他にも、たくさんの若者たちがクラスメイトなどのいじめで人生を諦めていますね。
セリ美も、加害者が母親だったというだけで、これは紛れもなく「いじめ」じゃないか!と気付きました。
この世には子供をいじめる親っていうのがいるんですよね~。
謎すぎますよね。
ストレス発散のためのいじめをするにあたり、まぁ我が子っていうのがいちばん手っ取り早いですもんね。
いじめって、加害者の中で本気で反省する人なんてほとんどおらず、なんならいじめたこと自体綺麗さっぱり忘れちゃう人も多くいるようです。
でもいじめられたほうは一生その傷に苦しめられて。
嵐の二宮さんや松潤なんかもいじめ経験があると語っていて、今頃いじめた側の人間は「俺、二宮いじめてたんだぜ!」なんつって武勇伝として自慢して歩いてるのかと思うと反吐が出ますよね。
いじめ被害者が苦しんでる間も、加害者は今日もどこかでヒャッハーーー!と人生を謳歌しているわけです。セリ美の母含め。
理不尽ですよね~~。
しかも、悪意のあるいじめのほうが多少はまだマシで、「自分は正しいことをしている」という正義の気持ちでいじめる人のほうがタチが悪いですよねえ。
それがまさにSNSいじめに顕著に出るな~と感じます。
「みんなに代わってこいつを成敗してあげる!」
「こいつのやってることが良くないと思うからみんなを代表して自分が注意してあげる!」
という気持ちで強い言葉を投げかけているように思います。
自分がいじめをしている自覚など1ミリもないわけですね。むしろ善行をしている感覚なのだと想像します。
宝塚界隈のSNSでもよく見かけますね。劇団が直接怒るべきことを、なぜか「私が劇団に代わって注意してあげる!」っていう。
もちろん、叩かれて当然の人もいますけども、多くのことは「成敗する権利のない人」が自分のストレス発散のために「成敗ごっこ」を楽しんでいるという図式のように思います。
セリ美の母も「自分は娘のためを思って、正しいことを叩き込んであげている」という自覚ですから、いまだにセリ美のことは「出来の悪い娘」としてため息をついているわけです。
「正しいことを叩き込んであげている」ことが、どうして入浴や洗濯を制限する理由になるのかいまだにさっぱり解りませんけども。
彼女の脳内ではイコールになっているのでしょうね。このあたりに狂人ぶりがうかがえます。
とにかく世界は、こんなに理不尽なことばっかりなわけです。
コロナだって中国が最初に適切な処置を行っていれば、こんな大混乱にはならなかったし、志村けんさんも岡江久美子さんも今も元気に活躍されていたでしょう。
琴ちゃんもカレーさんも予定通りに満員御礼でお披露目公演が行われていたはずです。
つまり、コロナも戦争もそうですけど、多くの人にはなんの罪もないのに加害者の犠牲にさせられていくわけですね。
神も仏もない。
そんなことはもうずっとずっと前から解りきっていることではあるんですが、SNSの発達や未曾有の災害やウイルスの蔓延で、神も仏もないことが更に突き付けられる。
そういうことに、繊細で真面目な人ほど耐えられなくなっていく。
そういった感情が三浦さんにもあったのかなぁ、というのが今の時点でのセリ美の答えです。
こんな救いのない世界をこれ以上見ていられない、そういう思いはセリ美もすごくすごくよく解ります。
でも、死ぬ恐怖とか、これからきっと待っているであろう楽しいこととか、自分が死んで迷惑をおかけしてしまう皆さんの存在とかがブレーキになってくれるわけです。
あとは、美しいものや美しい人たちだけをできるだけ視界に入れておこう、汚くて醜いものは見ないように目をつぶろうと努力することでなんとか命を繋いでいる感じです。
記念すべきセリ美の観劇生活再開の第一弾となった、ミズ様出演・オギー演出のミュージカル『BLUE RAIN』。
親殺しを題材にしたロシア文学『カラマーゾフの兄弟』を母体にして韓国で作られたミュージカルを日本版でオギー演出で、という作品です。
そこで、こんなような台詞がありました。
人の心の中には、黒いオオカミと白いオオカミが住んでいる。
黒いオオカミは乱暴でネガティブな感情、白いオオカミは慈愛に満ちたポジティブな感情。
2匹のオオカミは毎日壮絶な戦いをしている。
あなたはどちらのオオカミに餌を与えたの?どうか黒いオオカミを育てないで。
誰の心にも、黒いオオカミはいるわけです。
でも上手に白いオオカミだけを育てられる人もいるわけで。
運良く温かい家庭で生まれ育ったり、批判を浴びることの少ない環境で生きることのできる人は、白いオオカミの育て方を知らず知らずのうちに覚えます。
そのどちらも得られなかったセリ美は、常に留意して努力していないと、うっかり黒いオオカミにばかり餌を与えようとしてしまいます。
なぜなら、白いオオカミへの餌の与え方を知らないから。
だから、いつだってミズさまという真っ白な存在を視界に入れたり、宝塚という美しいものを見ていたり、温かい友人たちに囲まれていないといけないわけです。
気を抜いたらすぐに黒いオオカミを育てようとするので。
三浦さんは、難病の役を演じたり、ドラァグクイーンの波乱な人生を演じることで、人生を前向きに逞しく行く抜く姿を役から学んできたと思います。
どうか、そのことから白いオオカミの育て方を覚えてほしかった。
難病の役やドラァグクイーンの役から、観客に何を伝えようとしていたのだろう。
結局生きることをやめてしまったのなら、その伝えてきたことも意味がなくなってしまう。
人間の黒い感情に触れたくないならSNSなんて全部すぐ辞めて情報源を全部シャットアウトすれば良かったし、俳優の仕事に携わっていることで生きる気力が失われてしまうなら、すぐにでも仕事を辞めて田舎のほうにでも行ってのんびり過ごしたら良かった。
それらの選択肢はあったはずなのに、すべてを無にしてしまう死を選んだことが正解だったとはやっぱりどうしても思えなくて。
でも一方で、「もう何も見たくない」という気持ちも痛いほど解って。
「ワイドナショー」で古舘伊知郎さんが言ってたけど、自殺者の中には、別に死にたいわけじゃないという人もいて、単に「生きたくない」という理由で仕方なく死を選ぶ人はいるというのも、よ~~っく解る。
そこに明確な理由なんてなくて、只々「生きたくない」という感情があるというだけ。
それもよく解るけど、でも仕事でやりがいを得たり友達との交流が楽しいという白いオオカミも絶対いたはずで。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)によって死に向かっていく役を演じたときに、生への執着を感じなかっただろうか。
あれだけの才能のある役者さんですから、そのときは「絶対に生きるんだ」という強い執念を感じながら演じていたはずです。
それを思い出してほしかったです。
彼にはまだ逃げ道があったと思うから余計に。
自殺は親不孝だとか天国に行けないとかいろいろ聞きますが、そんなことは全部嘘っぱちだと思っています。
私が自殺したってうちの母は悲しんだりしないしね。「世間様に私が後ろ指さされるじゃないか!」って怒り狂いはすれど。
だったらプライドを死守して切腹していった多くの武士たちや爆弾を抱えて防空壕で自決していった皆さん、日の丸特攻隊の皆さんもみ~~んな親不孝で地獄行きになっちゃうしね。
だから、そんな理由ではなくて、「自分自身のために」黒い感情から逃げ出してほしかったです。
人生は思いもよらない方向に転がりますから、そこに賭けてみてほしかった。
セリ美だってまさか自分がヅカブロガーになって自分のお茶会したり週刊誌に載ったりするなんて、思いもしなかったです。
マウスでプルプル描いたしょーもないイラストがヤフートップの記事に出るだなんて、一ミリも思ってなかったです。
そんな思いがけない出会いに希望をもって、いまの道から逃げてほしかったです。
三浦さんの死で、「自分は生きるんだ」という方向にいろんな人が少しでも舵を切れていたらいいな。セリ美も含め。
とりあえず早くコロナが終わって少しでも平和な世界線に辿り着けますよーに。
ご冥福をお祈りいたします。
本当は遠征再開の記事を書く気満々でいたんですが、どうも日本にネガティブな空気がずっとはびこっており、元気にレポを書く気力が湧かず…
セリ美なんてふざけてなんぼのブロガーなのにねえ。
ふざける気力が湧くまでもう少しお待ちくださいね。
さて、先日もまた一人、才能溢れる若者が命を絶ちました。
しかも、理由がまったくもって不明で兆候もまったく無かったという最大のモヤモヤを残して。
有名人というものはその人がどんなに人気者であってもアンチゼロの人なんてきっと一人もいないでしょうし、必ず自分を否定する声にぶつかるでしょう。
だからほとんどの有名人がネガティブな気持ちに支配される瞬間の経験があるだろうな、と想像します。
たいして有名でもないこんなセリ美にだってきっと否定者はどこかにいるだろうし、運悪くアンチボイスを目にしてしまうこともあります。
でもブロガーなんて本人の気持ちひとつで、明日にだって引退することができるお気楽な立場ですから、俳優さんたちが抱えるプレッシャーや責任感とは比べ物になりません。
有名になるってことはすごいリスキーなことですので、そのリスクを背負いたくなければ有名にならずに地味にひっそりと暮らすのがいいんですけど、そのリスクを凌げるほどの達成感や楽しさがそこにあるから、芸能人になったり文化人を目指したりするわけですよね。
セリ美だっていちヅカファンとして発言もせず絵も描かず、ひっそりと東京と兵庫を行ったり来たりするだけなら、アンチボイスを目にして悲しんだり怒ったりせずに済むわけです。
でも、たくさんの読者さまに「セリ美いいぞ!」と言っていただける喜びって、自己肯定にすごく活きているので、今となってはセリ美の生きる活力のメインを占めています。
でも、三浦春馬さんはその生きる活力が闇に呑み込まれてしまったわけで。
別にふざけてるわけじゃなく、セリ美のイメージ的には、「ゆこ~うよ~ふた~~りで~~~~」と閣下に誘われて、そのまま死の接吻をしてしまったのだろうな、と想像します。
危うい人って、なんとなくその言動を見てると「大丈夫かなこの人」って思ったりしますが(必要以上に元気とか、すごくへりくだる人とか、対面時と文面でイメージに乖離がある人とか)、三浦さんに関しては誰もがその危うさを感じていなかった。
これが今回の大きなショックに繋がっているわけですね。
うつ病でもなく、生きる目的が無いわけでもなく、孤独でもなかった(少なくともお友達はたくさんいたようですね)。
それでも生きることを諦めざるを得ないような、耐えがたい何かがあったわけですよね。
セリ美ごときが考えたって真実が分かる可能性はゼロですけど、それでも考えることをやめられなくて。
プロレスラーの木村花ちゃんの場合を考えてみても、このコロナ騒動で世界がネガティブな空気に覆われていることも多少の要因のひとつにはあったのかなあ…なんて。
嫌でも自宅でスマホ等を見る時間が増えて、友達と美味しいもの食べて談笑してすっきりすることもできず、ウイルスを故意にまき散らす悪い輩に苛立って、それに対するみんなの怒りの声がSNSにたくさん溢れていて。
この世に正義はないのか、と絶望するようなことばっかり目にします。
実はセリ美も先月とても嫌なことがあって、絶望していました。
読者様や友人たちの見事な言葉で今は立ち直りましたが。
セリ美を追い詰めに追い詰めた母に、孫が産まれると人づてに聞きましてね。
たった一人の娘を何十年も傷つけ続けて正しい愛情の一つも注がなかったあの人でなしに、孫が…と。
これから可愛い可愛い初孫の成長に大フィーバーして最高に幸せな老後を送るのかと思うと、因果応報などこの世にはない、母には最高な人生がこのあと待っていて、セリ美はいつまで経っても母にされたトラウマから解放されない余生を送るのか…とね。
その件もあって悶々する日々を送る中、気付いたんです。
母にされたことはネグレクトとか虐待とかいろんな表現があるけど、要は「いじめ」だったんだ、と。
木村花ちゃんもSNSいじめに遭って人生を諦めた。
他にも、たくさんの若者たちがクラスメイトなどのいじめで人生を諦めていますね。
セリ美も、加害者が母親だったというだけで、これは紛れもなく「いじめ」じゃないか!と気付きました。
この世には子供をいじめる親っていうのがいるんですよね~。
謎すぎますよね。
ストレス発散のためのいじめをするにあたり、まぁ我が子っていうのがいちばん手っ取り早いですもんね。
いじめって、加害者の中で本気で反省する人なんてほとんどおらず、なんならいじめたこと自体綺麗さっぱり忘れちゃう人も多くいるようです。
でもいじめられたほうは一生その傷に苦しめられて。
嵐の二宮さんや松潤なんかもいじめ経験があると語っていて、今頃いじめた側の人間は「俺、二宮いじめてたんだぜ!」なんつって武勇伝として自慢して歩いてるのかと思うと反吐が出ますよね。
いじめ被害者が苦しんでる間も、加害者は今日もどこかでヒャッハーーー!と人生を謳歌しているわけです。セリ美の母含め。
理不尽ですよね~~。
しかも、悪意のあるいじめのほうが多少はまだマシで、「自分は正しいことをしている」という正義の気持ちでいじめる人のほうがタチが悪いですよねえ。
それがまさにSNSいじめに顕著に出るな~と感じます。
「みんなに代わってこいつを成敗してあげる!」
「こいつのやってることが良くないと思うからみんなを代表して自分が注意してあげる!」
という気持ちで強い言葉を投げかけているように思います。
自分がいじめをしている自覚など1ミリもないわけですね。むしろ善行をしている感覚なのだと想像します。
宝塚界隈のSNSでもよく見かけますね。劇団が直接怒るべきことを、なぜか「私が劇団に代わって注意してあげる!」っていう。
もちろん、叩かれて当然の人もいますけども、多くのことは「成敗する権利のない人」が自分のストレス発散のために「成敗ごっこ」を楽しんでいるという図式のように思います。
セリ美の母も「自分は娘のためを思って、正しいことを叩き込んであげている」という自覚ですから、いまだにセリ美のことは「出来の悪い娘」としてため息をついているわけです。
「正しいことを叩き込んであげている」ことが、どうして入浴や洗濯を制限する理由になるのかいまだにさっぱり解りませんけども。
彼女の脳内ではイコールになっているのでしょうね。このあたりに狂人ぶりがうかがえます。
とにかく世界は、こんなに理不尽なことばっかりなわけです。
コロナだって中国が最初に適切な処置を行っていれば、こんな大混乱にはならなかったし、志村けんさんも岡江久美子さんも今も元気に活躍されていたでしょう。
琴ちゃんもカレーさんも予定通りに満員御礼でお披露目公演が行われていたはずです。
つまり、コロナも戦争もそうですけど、多くの人にはなんの罪もないのに加害者の犠牲にさせられていくわけですね。
神も仏もない。
そんなことはもうずっとずっと前から解りきっていることではあるんですが、SNSの発達や未曾有の災害やウイルスの蔓延で、神も仏もないことが更に突き付けられる。
そういうことに、繊細で真面目な人ほど耐えられなくなっていく。
そういった感情が三浦さんにもあったのかなぁ、というのが今の時点でのセリ美の答えです。
こんな救いのない世界をこれ以上見ていられない、そういう思いはセリ美もすごくすごくよく解ります。
でも、死ぬ恐怖とか、これからきっと待っているであろう楽しいこととか、自分が死んで迷惑をおかけしてしまう皆さんの存在とかがブレーキになってくれるわけです。
あとは、美しいものや美しい人たちだけをできるだけ視界に入れておこう、汚くて醜いものは見ないように目をつぶろうと努力することでなんとか命を繋いでいる感じです。
記念すべきセリ美の観劇生活再開の第一弾となった、ミズ様出演・オギー演出のミュージカル『BLUE RAIN』。
親殺しを題材にしたロシア文学『カラマーゾフの兄弟』を母体にして韓国で作られたミュージカルを日本版でオギー演出で、という作品です。
そこで、こんなような台詞がありました。
人の心の中には、黒いオオカミと白いオオカミが住んでいる。
黒いオオカミは乱暴でネガティブな感情、白いオオカミは慈愛に満ちたポジティブな感情。
2匹のオオカミは毎日壮絶な戦いをしている。
あなたはどちらのオオカミに餌を与えたの?どうか黒いオオカミを育てないで。
誰の心にも、黒いオオカミはいるわけです。
でも上手に白いオオカミだけを育てられる人もいるわけで。
運良く温かい家庭で生まれ育ったり、批判を浴びることの少ない環境で生きることのできる人は、白いオオカミの育て方を知らず知らずのうちに覚えます。
そのどちらも得られなかったセリ美は、常に留意して努力していないと、うっかり黒いオオカミにばかり餌を与えようとしてしまいます。
なぜなら、白いオオカミへの餌の与え方を知らないから。
だから、いつだってミズさまという真っ白な存在を視界に入れたり、宝塚という美しいものを見ていたり、温かい友人たちに囲まれていないといけないわけです。
気を抜いたらすぐに黒いオオカミを育てようとするので。
三浦さんは、難病の役を演じたり、ドラァグクイーンの波乱な人生を演じることで、人生を前向きに逞しく行く抜く姿を役から学んできたと思います。
どうか、そのことから白いオオカミの育て方を覚えてほしかった。
難病の役やドラァグクイーンの役から、観客に何を伝えようとしていたのだろう。
結局生きることをやめてしまったのなら、その伝えてきたことも意味がなくなってしまう。
人間の黒い感情に触れたくないならSNSなんて全部すぐ辞めて情報源を全部シャットアウトすれば良かったし、俳優の仕事に携わっていることで生きる気力が失われてしまうなら、すぐにでも仕事を辞めて田舎のほうにでも行ってのんびり過ごしたら良かった。
それらの選択肢はあったはずなのに、すべてを無にしてしまう死を選んだことが正解だったとはやっぱりどうしても思えなくて。
でも一方で、「もう何も見たくない」という気持ちも痛いほど解って。
「ワイドナショー」で古舘伊知郎さんが言ってたけど、自殺者の中には、別に死にたいわけじゃないという人もいて、単に「生きたくない」という理由で仕方なく死を選ぶ人はいるというのも、よ~~っく解る。
そこに明確な理由なんてなくて、只々「生きたくない」という感情があるというだけ。
それもよく解るけど、でも仕事でやりがいを得たり友達との交流が楽しいという白いオオカミも絶対いたはずで。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)によって死に向かっていく役を演じたときに、生への執着を感じなかっただろうか。
あれだけの才能のある役者さんですから、そのときは「絶対に生きるんだ」という強い執念を感じながら演じていたはずです。
それを思い出してほしかったです。
彼にはまだ逃げ道があったと思うから余計に。
自殺は親不孝だとか天国に行けないとかいろいろ聞きますが、そんなことは全部嘘っぱちだと思っています。
私が自殺したってうちの母は悲しんだりしないしね。「世間様に私が後ろ指さされるじゃないか!」って怒り狂いはすれど。
だったらプライドを死守して切腹していった多くの武士たちや爆弾を抱えて防空壕で自決していった皆さん、日の丸特攻隊の皆さんもみ~~んな親不孝で地獄行きになっちゃうしね。
だから、そんな理由ではなくて、「自分自身のために」黒い感情から逃げ出してほしかったです。
人生は思いもよらない方向に転がりますから、そこに賭けてみてほしかった。
セリ美だってまさか自分がヅカブロガーになって自分のお茶会したり週刊誌に載ったりするなんて、思いもしなかったです。
マウスでプルプル描いたしょーもないイラストがヤフートップの記事に出るだなんて、一ミリも思ってなかったです。
そんな思いがけない出会いに希望をもって、いまの道から逃げてほしかったです。
三浦さんの死で、「自分は生きるんだ」という方向にいろんな人が少しでも舵を切れていたらいいな。セリ美も含め。
とりあえず早くコロナが終わって少しでも平和な世界線に辿り着けますよーに。
ご冥福をお祈りいたします。
コメント
コメント一覧 (8)
わたしも三浦さんの件以来、特に三浦さんファンというわけではなかったのに、何やら気分が沈んでいます。
そして、セリ美さまのお母上とウチの母、多少種類は違えど、娘をいじめる毒親という点でとてもよく似ています。
何故血をわけた娘にそんなこと出来るのでしょうね、
トラウマは果てしなく深いですよね。
気分転換かアクトス行って来ます!
セリ美さんの言葉が三浦さんに届けばよかったのに。
セリ美さんのお母様の愛情表現はこんなこと言ったら申し訳ないですが、これから周囲の方々の困惑などを巻き起こすように思ってしまいます。愛情は双方向に通い合うものですよね。差し出がましいことを言ってすみません。
セリ美さんは美しいものを見出しながら、白い狼を育ててこられたのですね。
「世界はほしいモノにあふれてる」の番組で紹介されるモノ以上に、中身おっさんのJUJUさんとオトメな三浦さんの会話に惹かれていました。三浦さんからは物欲の強さはあまり感じられなかった。ほしい、と言うよりは美しいものを愛でる人の印象です。
もっともっと美しいものを瞳に映してきれいな姿を見せてほしかったです。
ご冥福をお祈りします。
遠征記、綴るお気持ちになるまでお待ちしておりますね。
セリ美さんほどではないですが、私も母親からのトラウマを抱えています。現在進行形の苦痛もあります。ただ、一人っ子なので、シンプルな母娘の確執で済んでいますが、新たな登場人物が複雑にセリ美さんをかき乱しているのですね、
以前に見たドキュメンタリー番組で、若い女性が自身が母親から受けた虐待を語っていましたが、その女性は きれいごと で済ませる 大人たち にも言及していました。「未熟な親もいるけど、未熟な者は未熟なりに子供を思ってる」と実際に言われ、それを分からない自分に落ち度があると思っていたと。インタビュー当時、完璧を求めないという意味でよく使われていた「頑張らない育児」に対しては「頑張ってよ!子供を傷つけないように頑張ってよ!親なんだから頑張ってよ!」と。
また別の女性は「置かれた所で咲きなさい、ってわけわかんない。一切日も差さないドロ沼に花なんて咲くわけない」と。
視野の狭い思慮の足りない人のしわ寄せが、忍耐強い人に押し寄せる理不尽さを考えると人間という生き物とは何なんだろうと思わされます。
黒と白、両方内に抱えてるときちんと知っていることって大切ですね。
宝塚ホテルのレポも楽しみにお待ちしておりますね。
木村花さんに続き、またも悲しい、やりきれない事が起こりましたね。
亡くなった方の生い立ち と、過去を記事にしたものも目にしましたが、それをきっかけに、SNSで人を傷つけ、貶める書き込みが為されないといいですが………。自分の“正義”に立って、断罪したり、憤ったり の言葉を目にするのはもう、いい………。まァ、そういった書き込みを読まなきゃいいんですが………。
……にしても、セリ美様
「自殺は親不孝とか、天国に行けないとか色々聞きますが、そんなの全部嘘っぱちです」
とは、のんのんはちょっと悲しく読みました。
のんのんには、29歳の娘と、26歳の息子が居ますが、その子達が 自殺 したとしたら、ずーーーっと、ずーーーっと、何故(苦しみを)わからなかったのだろう。どうして(自殺を)止められなかったのだろう と、きっと死ぬまで後悔し続けると思います。それを“親不孝”と言いはしませんが、自殺によらず、病死によらず、我が子を失うことに 慟哭 を抱える人は確かにいるのです。
かのエリザベートもルドルフを失って、
「ママは 自分を守るため あなたを見捨ててしまった……」
と、深い深い後悔に苛まれますよね。
親 とは愚かしく、なかなか子供が望む 愛 を与える叡智を持てないもの なのだと思います。相手がそれを愛だと思わなければ、いくらこちらが愛だと主張しても 0 なんですよね。
話は変わりますが、セリ美さんは 佐藤愛子 という作家をご存知でしょうか?彼女の書いた「私の遺言」という作品、なかなか面白いですよ。お時間があり、また興味を持たれましたら、お読み下さい。
花組公演の幕も上がりましたね。他の舞台も次々再開されるでしょう。次回は公演レポを是非!お待ちしています。
なんとナナさんのお母上も毒親とは…!お互い、よくぞ今日まで無事に生きてこられましたね。健闘を称え合いましょう!!!
自分を世界で一番愛してくれるはずの人がなぜか自分を一番苦しめるというこの悲しさは、どんなに優しい人でも経験者でないと理解も想像もできないようですから、ナナさんという同志がいてくださることはとてもセリ美の心の支えになります。
先日、友人からふとした瞬間に聞いた「父親の死に目に会えなくてとても悲しかった」という言葉で、気付いたことがありました。
死を悲しめる親がいることってなんて幸せなのだろう、と。
その友人の悲しみはもちろん理解できるんですが、「死んでしまって悲しいよう、寂しいよう、お父さんにもっと会いたかったよう」と思えることって、ほんとに幸せなことですよね。
私にはそう思える身内が一人もいないなぁ…と気付いて、とっても悲しくなっちゃいました。
セリ美の実父は数年前に他界したそうですが、それを聞いても感想は「ふ~ん」でしたし、母が死んだと聞いてもきっと「お葬式参列を拒否するの面倒くせえな~」くらいのものだろうな、と思います。
でもこうして傷を慰め合える人と出会えたり、たくさんの読者さんと楽しいやりとりができることがセリ美の幸せなので、それを目いっぱい享受します!!!
セリ美も今日もアクトスで汗流してきまっす!!
ほんと、世界は理不尽であふれてますね。
NHKの夜番組がすごく好きなので(72時間定点観測するやつとか)、あの番組もよく見ていました。
先日、ちょうどあの番組の再放送をやっていたので、世界中の美しい品物に目を輝かせている三浦さんを見ながらなんとも言えない気持ちになりました…
生きていればもっともっと美しいものに出合えたし、もっともっと素敵な人に出会えたのにねえ…JUJUさんの悲しみを思うと、更に悲しくなっちゃいますね。
例えば10代の時に凶悪犯罪をおこしても少年法で守られて、出所後に名前を変えて職にも就いて結婚をして子供も作って幸せに暮らしているような人を思うと、人間ってなんだろうと暗い迷宮に迷い込んでしまいます。
そんな時にミズさまを思うと、迷宮の出口は見えなくとも「迷宮のことなんてもういいからミズさまのことだけを考えていよう!」と気持ちを切り替えることができます。
本当に、宝塚に出合えて良かった。
そして、このように悲しいことも変態的妄想も語り合えるお仲間がたくさんここに集ってくださって良かった。
また舞台を観て変態的妄想を繰り広げられるよう、この第2波の収束を祈るばかりです。魔女にはきっとコロナなんて効かないとは思いますが、まだまだ気を付けてくださいね。
なんと…れんげさんも「毒親被害者」だったのですね…
皆さんそういうことは胸に秘めて普通に明るく振舞っていらっしゃるから一見分からないものですが、意外とたくさんいらっしゃるものなのかもしれないですね。
しかもれんげさんは現在進行形とは…
セリ美は40代に入って突如ストレス症状が体に続々と出始めてしまったので、れんげさんもお気をつけくださいね。
トラウマというメンタルの不調にに加えてフィジカルの不調まで与えられたらほんとに人生めちゃくちゃにされちゃいますのでね。
>視野の狭い思慮の足りない人のしわ寄せが、忍耐強い人に押し寄せる理不尽さを考えると人間という生き物とは何なんだろうと思わされます。
もうほんとにこれに尽きますね。
祖父母・叔母・母…脈々と続く弱い人間の八つ当たりや嫉妬がダルマ式に膨れ上がってセリ美に一気に押し寄せたのかと思うと…
セリ美家に続く呪いをこの丸いわがままボディ―で必死に受け止める人生を送る羽目になった自分を本当に可哀想に思います。
でもこうして、同じ傷を抱える同志の皆さんと深く理解し合えることもとても幸せですし、大きな癒しでもあります。
家族に恵まれなかった分の運をここで発揮せねば!と、お互いたくさんの素敵な友人と楽しく過ごせる人生にしましょうね。
そのためには、なんとしてでも観劇生活を守らなければ!!!!!
タカホレポもほんとは書きたかったんですけど…
ムラに行った私を非難する声がツイッターでちらほら見えたので、どうしようかなあ…と悩んでおります。
この辺は意見が分かれるところなので、難しいですね。仲良くしていただいてるフォロワーさんの中にも、「今は自粛すべき」という考えの人もいるでしょうしねえ。
胸を張って「遠征レポ書きまーーす!!」と言える日が早く来るといいな。
お子様の死をちゃんと悲しめるのんのんさんは、その時点で既に健全な母性を持ったお母様という証拠ですので、素晴らしいことですね。お子様たちがとっても羨ましいです。セリ美ものんのんさんの子供に産まれたかったなあ。
セリ美の説明不足でしたね。
「自殺=親不孝」ではなく、「自殺≒親不孝」
が正しいですね。その例外にセリ美母が含まれているというお話でした。
健全な母性や精神をお持ちののんのんさんには想像だにできないかもしれませんが、我が子を彼氏と一緒になって虐待死させる母親がたくさんいるこのご時世、我が子の死を悲しめない親というのは本当に存在します。
セリ美母の場合は、「こいつ邪魔だな」という感情で折檻するのではなく、「子供が自分の思い通りにならない場合に手が付けられないほど怒り狂う」という意味で折檻をするので、もしセリ美が自殺をした場合、「お前の勝手な判断で勝手に死にやがって!」という感情になると思われます。
常に主役は自分なわけですね。子供は自分の所有物ということです。
きっと母が、母の両親に存分に愛してもらえなかったことから、このような歪みが生じてしまったのだと推測します。
母も被害者であることは同情しますが、その悲しみや怒りを何倍にもして自分の子供にぶつけてスッキリしようというのが狂人の証拠だな~なんて思います。
せめてシシィのように「自分のせいで…」と自責の念に駆られるまともな感情が残っていてほしかったです。それだけ救いようもなく弱い人間だったということですよね。残念です。
佐藤愛子さんの「私の遺言」ですね。覚えておきます!
セリ美の読者さまたちは知的レベルの高い方が多いので、質のいい作品をレコメンドしていただくのは、とても嬉しい!ありがとうございます!
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。