思うように物が食べられない反動でいま食欲が異常なことになってるセリ美です、どうも。


ゆうべは深夜1時にマックポテトとナゲットが猛烈に食べたくなってしまい、床をころげまわってました。

なんとか誘惑に勝利して無事眠ることができましたが。




皆さまにもご心配をおかけしてしまったようですが、歯医者ね、もう決死の覚悟で行きました。遺書書く勢いでした。



これまで、セリ美に良くしていただいた皆さま、本当に心より感謝しております。セリ美のしょーもない踏まれ妄想や親子劇場を温かくお見守りくださったこと、とても嬉しかったです。
セリ美はこれから歯の治療をしに旅立ちますが、こうして心を決めて歯医者に向かえることは、皆様から勇気を頂けたおかげで御座います。
今までありがとう、みなさん…セリ美は歯医者へ向かいます……さようなら…



jiseinoku



セリ美が数年前にお世話になった行きつけの歯医者さんはすごく丁寧で親切な先生で、痛いことなんてしないってわかってるのにねえ…

恐怖症の域なのでしょうね、たぶん。



セリ美は割といろんな恐怖症持ってるほど気の小さい人間でしてねえ。

特に苦手なのは眩しい光と破裂音です。



雷みたいにピカッ!と突然光るものや、風船が割れるみたいな音や、小型犬が超音波みたいな声で急に吠える「キャンッッ!!!」みたいなのも全然ダメです。大型犬は「ヴォフッ!」みたいな感じなので大丈夫なんですが。
両耳がっちりふさいで布団の中に潜って震える勢いで苦手です。


だから、リアリティー主義の正塚先生がよく使う、本物の火薬が入った銃撃場面も本当に本当にダメです。あれほんとやめてほしい…「ばきゅーーん」ていう録音で充分だから…

なんならSAPAでのまかぜ&夢白ベッドイン直後の、まどかちゃんがりっつを撃ち殺した銃声もすごく嫌でした。



調べてみると、これって『HSP』っていう症状みたいですね

「Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)」。

特に女性に多いみたいですが、「生きづらさ」を感じてる人の多くはこれに該当するようですね。
例えば、誰かが怒られてる場面に遭遇するとまるで自分が怒られているような気分になってしまってすごく胸が痛いとか、殺人事件とかの悲しいニュースを見たり、原爆ドームを見たり戦争の話を聞いたりするのも気分が悪くなるほどしんどい、とか。


だからセリ美もSAPAの戦争シーンがとてもしんどかったです。
いくら舞台でも、宝塚でも、見たくないものは見たくない。

もちろん多くの皆さんの犠牲の上に自分の平和や幸せが成り立っていることは充分自覚していますが、具体的なエピソードを聞くとまるで自分がそうされたように錯覚してしまうので、心が病んでしまうほどショックを受けてしまうという感じです。




まぁそんな理由でたぶん歯医者も恐怖なのでしょうが、音や光と違って健康にかかわることなので、なんとか毎回辞世の句を残しつつ頑張って通いたいと思います。







さて、いろいろと書くことが溜まってるんですが…


まずは、「レポは新鮮なうちに調理せよ」がモットーなので、壮麗帝レポを完了させてみたいと思います。


とはいえ、もう配信から数日経ってしまいましたね…
久々の歯医者で結構な突貫工事をしたので、歯がすごく不快で全然集中できなくて、少し寝たきり生活を送っておりました。


今日も麻酔注射4本打ったので歯茎めっちゃ痛いですが頑張って書きます!











……正直に打ち明けます。


実は、コロナで延期になる前のSAPAと壮麗帝で、ウエクミ信者であるセリ美はSAPAを5枚も確保した一方で、壮麗帝は1枚しか取っておりませんでした…


い、いや!ち、違うんだ!聞いてくれ!!
もちろん、別箱はもともとチケットがあまり流通しにくいということで、「余ってるのに買わなかった」というわけではなく、「積極的に果敢に取りに行かなかった」という感じでして…


息子の記念すべき2番手作品なのに、母親の風上にも置けないな!!!!というお叱りはもっともでございます…
母としての自覚に欠けた行動でありました…



だって…なんか……



トルコ地方の原作モノはもう天は赤い河のほとりでやったじゃん…

とか、

え……せっかく可愛いずんそらがついに組むのに…お髭……?

とか…

なんとなく「チケット意地でも取るぞおおおおお!!!」にならない理由がありまして…




限りあるなけなしの予算をSAPAと壮麗帝に振り分けるにあたって、SAPAを優位にしてしまった自分がおりました……


この、母としての自覚のない行動をセリ美は身を持って知ることとなるのです…





いや、とはいえね、席数半分になって公演期間も短くなり、挙句の果てには東上も無しというこの状況で、プレイガイドというセリ美唯一のルートも使えず、チケットなど取れるはずもなく…

じゃあ仕方ない、ライブ配信とやらを試してみようかのう…ということになったわけですが、ライブ配信を観るという行為自体も初めてでして、「これ、ほんとに繋がるのかしら…時間になっても映像うつらなかったらどうすんの…」という不安がすごくて、ますます壮麗帝に対する純粋な期待を抱きにくい状況を迎えていたわけです。





そして迎えた千秋楽の開演時間。

見事に映像がうつりまして、開演5分前のあの感じが映し出されて、もう一気にテンションMAXですた。


開演直前から音楽流してくれて世界観に連れてってくれる演出、すごくいいですよね~~
特にああいうコスチュームモノは空気感・世界観が大事なのでね。

その辺ですでに「樫畑センセイ…スキ…!!」てなってました。




とりあえずね、全体評としてはですね、もう褒めるところしかなかったです。


セリ美は原作を知らないので、原作ファンの方々からすると「あの場面がないなんて信じられん!」とかあるかもしれないですが、なんの前知識もなく純粋に舞台作品として観ていたら1幕からぐんぐん惹き込まれていって、幕間には「早く!早く続きを!!!」ってなってました。

※追記
壮麗帝は原作があるわけではなく、樫畑先生のオリジナル作品でした。失礼いたしやした!



欲を言えばもっとお髭のない可愛い青年期が長く見たかったな~というのもありましたけど、でもずんさんも息子も、すっかりお髭に違和感のない学年になったんだなあ…という感慨深いものがありましたね。


オスマン帝国を2人で協力しながら治めていく姿は、この『壮麗帝』というカンパニーを2人で牽引する姿に重なり、一時はお蔵入りも危ぶまれたのちに、なんとか一人の感染者も出さずに公演にこぎつけた2人の万感の想いが作品にも反映されている感じがして…

母はもう本当に感無量の想いでした……うっうっうっ……




cry




長い原作モノをギュッと2時間に収めるには、今回のまりんさんのようにストーリーテラーの存在が非常に有効ですね。

書記がストーリーテラーになっているというのは、『天は赤い河のほとり』でも同じでしたね。


しかも、トルコ史を専門に学んできた経験のあるセリ美からすると、オスマン帝国ってすっごい入り組んでるし登場人物めっちゃ多いし、すごい分かりにくい時代なんですよね。

ヒッタイトとかの古代史が専門だったセリ美は、オスマン帝国時代ってスルタンの名前覚えるだけで非常に難儀で、すごく苦手な時代でした。


それを、「え、なになにどういうこと?」という混乱なくすんなりと観客に理解させる手腕はかなり高いと思いました。



「これからスレイマン陛下の御代のお話を始めましょう」とまりんさんが言って、16世紀オスマン帝国の世界に入っていく際に、真っ白い明るいライトで客席前方から後方に向かってザ―――っと照らしていく演出も素晴らしいと思いました。

あれは、客席にいる視点だと、目くらましみたいな状態だったと思うんです。
「眩しい!何も見えない!」みたいな。
そうして視界を真っ白にさせて、まるでタイムスリップしたかのように場面転換をする演出に大変感動しまして。

あの時点でもう「樫畑センセイ……スキ!!!」ってなってました。



他にも、もっと何度も観れば「なるほどおおお!!!」と唸るほどの演出がそこら中にあったはずです。

なにせ1回ではなかなかねえ。息子をはじめとする演者たちの動きを追うので精一杯ですからねえ。



とにかく、同じ原作モノで同じトルコ史で、同じ篠原先生関連という『天は赤い河のほとり』での小柳先生はちょっと「う~~ん…」という部分があって改善の余地を感じましたけど、樫畑先生の演出ではそのようなことは一切ありませんでした。

たった2時間の中で、登場人物全員の心情にきちんとスポットを当てていて、非常に納得のいく物語に仕上がっていました。


だって、息子とじゅっちゃんカップルだって時間に換算すると2人の場面って全然少ないはずなんですけど、きちんとお互いの想いが感じ取れるように成立してました。
短い台詞のやり取りできちんと観客に心情を伝えられるのは、息子とじゅっちゃんの実力の高さもありますが、やはり演出力の高さにもよるものだと思いますね。



男たちは出世欲と権力争いに躍起になり、女たちは次の皇帝の母となるべく躍起になる。

オスマン帝国に限らず、いつの時代、どこの国にもある話ですが、スレイマン1世時代のオスマン帝国って本当にすごい広大な領土を治めていて、しかもトルコ(アナトリア地方)ってアジアとヨーロッパの中間地点なので、世界の覇者たちにしてみればすごく魅力的な土地で。

かのアレクサンドロス大王もそこが欲しくて無謀な東方遠征に出発したくらい。

あの強大な古代エジプト王国だってアナトリア地方が欲しくて幾度となく戦争してますしね。


キリスト教、ユダヤ教、イスラム教という3大宗教の聖地であるエルサレムにもそこそこ近いし、国取り合戦においてみんなが「あそこ、いいな~」と虎視眈々狙っている場所を、しかも広大な面積を治めていたというのは、つまりはもうめっちゃやり手なわけです。

スレイマン1世、めっちゃやり手。



スレイマン1世はどうやってそんなやり手王になったのか?というのが、この『壮麗帝』の軸ではないかな~と思いますね。




いやね、実際はそんな夢夢しいエピソードで作られたやり手人生ではなく、単に「戦争強かった」「交渉上手だった」みたいなことだとは思うんですけどね。トランプさんみたいに。


あの時代はヨーロッパがとにかく「殺せ!どんどん殺せ!」みたいな感じですし、いろいろ調べていくと、とにかく残忍で非人道的。

ジャンヌダルクは15世紀の人ですけれど、魔女狩りとか意味わからんことを理由にしてどんどん殺しちゃうような、人間が最も残酷だった時代だと思うので、そりゃあオスマン帝国だって生ぬるいやり方じゃ勝てっこないわけで。

スレイマン1世だってそれはそれは残酷に戦争に勝っていったゆえの領土拡大だったはずです。



でも、その残酷な面の一方で、ヒュッレムなんていう奴隷上がりの女性をひたすら愛し抜いたとか、ギリシャから海賊によってさらわれてきた奴隷のイブラヒムと親友になったり強大な権力を与えて大出世させた、みたいな人間性が垣間見れるエピソードが伝わってるので、我々の想像力を掻き立てるわけですね。


スレイマン1世がイブラヒムを処刑した20年後に、処刑を後悔するような文献が残っていたりするのも、ね。
単なる冷酷でやり手のスルタンというわけではなく、スレイマン1世の人柄を感じさせるものがありますよね。




そして、この『壮麗帝』ではそのスレイマン1世をはじめとする登場人物たちの思想や葛藤がしっかり描かれていたので、セリ美は「お見事!!!」と大喝采を送ったわけです。樫畑先生にも、演者たちにも。




息子はさー、やっぱり奴隷ならではの思想なんですよね。
「この世は弱肉強食」っていう野心的な面がとても強い。

普通にギリシャの漁師の子供として生まれて、わーい今日は大漁だね父ちゃん!なんつって魚食って生きてただけなのに、いきなり海賊にとっ捕まって奴隷として売られちゃったときにはもう人生終わったーってなって、いつ殺されるか分からないという状況に陥って、まだ子供なのにもう終わってしまう人生をとても惜しんだのかな、と。


でも何だか知らないけどトントン拍子に人生が好転していって、気が付いたらオスマン帝国なんていう今をときめく超巨大国の皇帝の右腕にまで超スピード出世しちゃって、その皇帝の妹君とも結婚までしちゃって、ほとんど諦めてた人生にビッグチャンスが訪れちゃったんですね。


人生何が起こるか分からないぞ!!俺はまだまだいけるぞ!!!でかいこと成し遂げるぞ!!!アタックチャーーーーーンス!!!!
って意気揚々と「そりゃあああ!ヨーロッパ行くぞおおおお!!!」って鼻息荒くしてんのに、肝心のずんちゃんが「まぁまだ様子見ようよ」なんて悠長なことばっかり言ってる。


そうして王家育ちのお坊ちゃまずんちゃんと奴隷上がりの息子の2人の思想はどんどん食い違っていき、焦った息子は案の定サファヴィー朝に騙されて大失態を犯す。


皇帝にしちゃあ優しいずんちゃんは親友の処分をためらっていたけど、「あなたのその優しさがいつか仇となる」と思っていた息子は、自分の命を使ってずんちゃんを最強のやり手王に育て上げようと決意し、処刑を促す。



なんとなく、息子は信長っぽい思想で、ずんちゃんは家康っぽいイメージ。
「殺してしまえ」と「鳴くまで待とう」。
どちらも政治家として非常に優秀だけど、家康は信長と同盟関係だったから良かったわけで、主君側が家康思想で家臣側が激しい信長思想だとなかなか難しいですよね。





こんな感じで、セリ美なんてたった1回しか見てませんけど、よーーーーーっく解りますよね、2人の想いが。





そして、同じ奴隷上がりで帝王学とか政治なんてまったく分かっていない平民ららちゃんも、「家族仲良しがいちばん!大好きなあなたの子供をたくさん産むから、みんなで温かい家庭を作って平和に楽しく暮らしましょ!」というお花畑な思想をずんちゃんにもたらす。

ずんちゃんも「言われてみればそりゃそうだ。誰も殺さず殺されず、家族仲良くみんなでチャイ飲むのがいちばんだよね」っていう思想に傾いていくけど、皇帝になってしまったからには、実際問題そうはいかない。

ららちゃんと出会う前のあきもとか、あきも息子とかどうすんのよ?!って問題とか、ららちゃんだって6人も子供産んじゃって、そのうちの男子全員が次期皇帝に立候補したらどうすんのよ?!とか。




そうして息子とかららちゃんの存在と死によって自分の甘さを克服して、オスマン帝国の最盛期を築いて、『壮麗帝』の名にふさわしい賢帝になっていった、という物語ですね。




大奥を取り仕切る役割をりんきらさんにお願いしたり、必ず皇帝の母になってみせる!という野心を燃やす美しい皇后にあきもとか、配役も見事でしたね~。

かわいい顔と声してこちらも野心家である大奥メンバーに花宮沙羅ちゃんというのもすごく良かったです。



そして宝塚らしさもしっかりきっちり盛り込んでくださって、既に子供もいるのに改めてずんちゃんがららちゃんにプロポーズするところとか、ベッドに誘う文句「ヒュッレム、こちらに来い」とか、「きやああああああああ!!」ポイントもしっかり押さえていただいて。


「ああ!私はいま宝塚を観ている!!!」という幸福感が味わえる、見事な作品でしたね~。


黒燕尾というスタンダードなフィナーレも素晴らしく、と思いきやすごく斬新な振付で息子の巧さが際立っておりまして、つくづく「黒燕尾は芯になる人の巧さで全体のレベルが決まる」ことを確信いたしました。

黒燕尾を率いるような立場になって……うっうっうっ……




cry




デュエダンも宙組で久々に見るリフトもお見事、ららちゃんの美しい肩甲骨を見て長年行方不明になっているセリ美の肩甲骨を思い出して「ああ…ジム頑張ろう…」と思えたり、最後まで本当にタカラヅカ!な感じが、SAPAという超異色作を観たばかりのセリ美の心にジ~~~ンと沁みわたりました。




さて、ここからは個人評で語っていきたいと思います。







でもちょっと重くなってきたので記事を分けますね。

このあとすぐに後編をアップしますので、併せてお楽しみくださいませ!