びっくりするほどアクセス数が少ない!今に始まったことじゃないけど!
観劇レポとかだと喜んで読んでもらえるんだろうけど、なんだかあんまり今はそっち方向で筆が動かんねえ。
観劇の感想は小出しにツイートしてるから、そっちでスッキリしてることもあるとは思うけど。
「誰もやってないこと」が好きなセリ美としては、普通のレポブログ書いてても新鮮みがないしな、というところもあります。
宝塚哲学、みたいな方向に行こうとしてる感じがあるかな、いまは。
さて前回のブログで意気揚々と「健康ていねい生活おくってるセリ美ですどうも~」と自慢したくせに、その数日後になんと風邪菌が内耳に入り込んで突発性難聴になってしまうという悲劇が待っておりました。
もともと慢性鼻炎気味だったので鼻をビィィィィィン!!と強くかんでしまう癖があり、風邪をひいた時なんかは鼻をかむたびに必ず鼓膜が揺れてボワーンとなってしまっていたのですが、今回の鼓膜は全然治らなくて、1週間を過ぎても全然治らないので医者嫌いで有名なセリ美も「さすがにこりゃアカン」となり、耳鼻科へチャリをすっ飛ばしたわけで。
ほんで検査してみたところ、「鼻のかみすぎで内耳に鼻水が入り込んで中耳炎みたいな状態になってる。まぁ名前をつけるとしたら突発性難聴ですかねえ」とのこと。
突発性難聴。
天才型や繊細型アーティストがよくなってるやつ。
へたくそながらエレキギターを嗜む者として、天才の仲間入りをしたような気になり、ほんのり嬉しみも感じたりしてね。本当に難聴で困ってる人には大変不謹慎な話ですが。
でもさ、聴力がもう二度と戻らないにしたって、ここで落ち込んでてももう聴こえないもんは聴こえないし、最近の補聴器は小型になってきてるし、都合の悪い時はひとみ婆さんみたいに「あんだってぇー?!あたしゃ耳が遠いもんでねえ!!ごめんなさいよお!!」って言えば許してもらえるし、それなりにやってくしかなくない?みたいな気分でおりました。
「寿命3ヶ月です」って宣告されても、うろたえる気がしないね。
しょうがないじゃん?嘆くエネルギーがもったいないわ。それならそのモードにチェンジして、やれることやって楽しめる範囲で楽しむしかないもんねえ?
そんで、「とりあえず鼓膜にステロイドを注入する処置を続けてみましょう」ということになり、現在も治療中でございます。
自分の鼓膜が映ってるモニター見て、そこに注射針が入っていくの見させられるのは慣れないけどね~。麻酔使ってるとはいえやっぱ多少は痛いし、耳の中に冷たい液体が流れ込んでくるのも不快だしね。
みたいなことを先生に言ったら、「人の鼓膜に針刺すほうも気分良くはないですよ」と返され、ぐぅの音も出ませんでした。失礼しました。
でもちょっとずつだけど聴力は戻ってるようなので、会話や観劇には支障なさそうです。
なんかさ、人間ってどこかの感覚を失ったぶん、他の感覚が研ぎ澄まされるっていうじゃん?
ダンサーマニアとしてヅカファンを30年弱やってるセリ美なので、これを機にダンサーをハントする感覚が更に鋭くなったりしないかしらね。
ダンサーをハントする感覚って何なんでしょうねえ?自分でも独特の嗅覚みたいなものは感じます。ブルーレイとかで群舞をぼんやり見てる時に、キラッと光るものが見えて「ちょっと待って巻き戻し!!今のダレ!?」みたいになる感じ。
生の舞台観劇中はオペラ上下の仕事などで忙しいので群舞を俯瞰でゆっくり眺めることができず、映像のほうで「今の?!」となることのほうが多いですね。
近年のダンス文化の定着によってJ-POPなんかのダンスの難易度も相当上がってるわけで、それを見た若い子らが「キッレキレ!!!」なんてよく誉め言葉として使ってますけど、キレなんかあんまりダンスに関係ないとセリ美は思っています。
高く跳べるとか速く回れるとか脚が上がるとか、身体的な機能はあんまり関係ないのよね~。
グルーヴ感とか緩急とか間合いとか背中の見せ方とか顔の角度とか、そういう生まれながらのセンスが「ダンサー」だと感じさせている気がしますね。あんまりダンサー扱いされてないけど、きよら羽龍ちゃんなんてなかなかのグルーヴ感持ってるんですよね。
セリ美が「この人のダンス、めっちゃ好きだ」と思うツートップであるミズさんも息子もバレエ経験者じゃないから、基礎にバレエがあってもなくても関係ないし、かといってブレイキンみたいなダンスも「タコ踊り」になってる人は基礎が叩き込まれてないパターンが多いからやっぱり基礎は大事だしね。
バレエ出身でも、なつめさんとか瀬奈さんとかはバレエ以外のダンスでもめちゃくちゃダンサーだと思うし。
でもいちばん謎なのは、名ダンサーほどきっぱりとダンスを捨ててしまうこと。
その辺も天才ゆえなんでしょうかね。
さて、チケットに関して劇団が小出しに制度の変更を発表していますが、まぁそこはなかなかね、難しいところですよね。「お花代を統一するとかそういうことじゃなくね?」みたいな、ね。
いろいろ書くと各方面から批判や否定の意見が飛んできそうなので言及はこの辺にしときますが。
人間界もSNSの登場でだいぶいろいろと人間の価値観もルールも犯罪の質も変わったじゃないですか。
セリ美の好きな言葉のひとつに「諸行無常」があります。
なにごとも変わってゆくのです。そう思っていれば老いても大抵のことは受け入れられます。
会だってむかしむかしは劇団もファンもWin-WInだった関係性が、何がどう変化していったのか、劇団が会の存在を都合いいように使い出したり、会同士の関係性も昔は普通にどこの会も仲良く楽しくサークル感覚でやっていたのに、いつの間にやら劇団の上級生ー下級生のような厳しい関係性になっていったようですし。
セリ美も間もなく研30になりますし、こういうブログをやってる関係で本当にいろんな立場の人たちからいろんなことを聞きますし、実際に目にもしますし。
「昔は良かった」「今は特に贔屓もいないし、とりあえず一旦離れよう」そう言えてしまえばとても簡単なんですが、なぜかセリ美と宝塚のご縁は切れないわけです。お茶会司会の依頼なんかもそうですけども。積極的にチケット確保やヅカファンとの交流に走っているわけでもないのに。
一方で「推し疲れ」とか「劇団のやり方にもうついていけない」「宝塚らしさが失われてしまった」とか思う人の気持ちもめちゃくちゃ解ります。
確かにセリ美の青春時代だった90周年前後は本当にもっと大らかな時代だったし、ジェンヌさんたちも足組んで椅子座ってケラケラ手叩いて笑いながら対談とかしてますしね。いま、そんなことやってスカステ出てる生徒さんなんていないもんねえ?
上級生から下級生への接し方も、昔は「あんたさ~、」みたいないい意味での身内感があったけど、今は上級生もものすごく下級生に気を使ってるのが分かるしね。カメラの前だけかもしれないけど。
少なくとも昔は「隠さなきゃ!徹底した優等生フェアリーを演じなきゃ!」みたいな風潮は今ほど厳しくなかったと回想します。
そんな厳しい風潮だったら、あのやりたい放題の真矢みきさんとか真琴つばささんなんて誕生してないしね。でもサイコーに面白かった。
この前、Yahooニュースかなんかで読んだけど、三田村邦彦さんが観劇に行った時にみきさんが銀橋でおもむろに写ルンですを取り出して、「イエ~~イ!」って三田村さんとのツーショットを本番中に撮ったんですって?(笑)
いまそんなことしたら大変よ!(笑)
群舞のときだって自分だけ客席に背中を向けてて下級生全員が客席のほうを向いてる振り付けのときにみきさんが下級生たちに渾身の変顔を披露して、思わず笑ってしまった下級生が終演後にみきさんのところに謝りに行く、という理不尽きわまりないいたずらも常習化していたそうで。
今だったら完全にコンプラ案件ですわ。
でもさー、舞台人って芸あってナンボなんだから、そういう遊び心こそがさらに舞台や芸を面白くするわけでね。
そうやって「昔はほんとにみんな自由で個性豊かで面白かった」と回顧する古参ファンの気持ちもよ~~~~~~っく解るんです。
でも、諸行無常なわけです、なにごとも。
社会とは切り離された永遠の秘密の花園だった宝塚ですら、コンプラの波に抗えなかった。
芸の道を極めるのに「時間外労働」って………ねえ?やりたい人は好きにお稽古させてやれよ!
この移り変わりを、宝塚見守り人としてセリ美は30年大変に興味深く観察しております。
この時代の変化を受けて、生徒さんや親御さん、ファンの質もかなり変わりました。
もはや「困ったもんだわのう」と思うことのほうが多いかもしれません。
ふた昔くらい前に、芸人の麒麟・田村さんが貧乏ネタを売りにして本とかを出版してたじゃないですか。
そのときに食べるものが無さ過ぎて段ボールをかじってた、みたいなエピソード、あったじゃないですか。
ご本人曰く、「噛み続けてると段ボールにも味の向こう側がある」と名言を放ったんですね。本当に噛み続けたのかどうか、ホラか真実かは分かりませんけども。
「誰もやったことのないこと」が大好きなセリ美は、その「向こう側」に行ってみたいんです。
普通は「もう贔屓もいないし」「昔とは全然風土や文化が変わっちゃったし」「宝塚らしい作品を書ける先生はもう誰もいないし」と離れていくところを、「困ったもんだわのう」と思うことのほうが多くなってもしがみついていたら「向こう側」に行けるんじゃないか、と。
そういうフェーズに入ってきてますね、いま。
というお話でした。
睡眠導入剤が効いてきて朦朧としてきたので、今日のところはこの辺で。
親御さんに課せられる膨大な仕事量も本当に見ていて気の毒……


観劇レポとかだと喜んで読んでもらえるんだろうけど、なんだかあんまり今はそっち方向で筆が動かんねえ。
観劇の感想は小出しにツイートしてるから、そっちでスッキリしてることもあるとは思うけど。
「誰もやってないこと」が好きなセリ美としては、普通のレポブログ書いてても新鮮みがないしな、というところもあります。
宝塚哲学、みたいな方向に行こうとしてる感じがあるかな、いまは。
さて前回のブログで意気揚々と「健康ていねい生活おくってるセリ美ですどうも~」と自慢したくせに、その数日後になんと風邪菌が内耳に入り込んで突発性難聴になってしまうという悲劇が待っておりました。
もともと慢性鼻炎気味だったので鼻をビィィィィィン!!と強くかんでしまう癖があり、風邪をひいた時なんかは鼻をかむたびに必ず鼓膜が揺れてボワーンとなってしまっていたのですが、今回の鼓膜は全然治らなくて、1週間を過ぎても全然治らないので医者嫌いで有名なセリ美も「さすがにこりゃアカン」となり、耳鼻科へチャリをすっ飛ばしたわけで。
ほんで検査してみたところ、「鼻のかみすぎで内耳に鼻水が入り込んで中耳炎みたいな状態になってる。まぁ名前をつけるとしたら突発性難聴ですかねえ」とのこと。
突発性難聴。
天才型や繊細型アーティストがよくなってるやつ。
へたくそながらエレキギターを嗜む者として、天才の仲間入りをしたような気になり、ほんのり嬉しみも感じたりしてね。本当に難聴で困ってる人には大変不謹慎な話ですが。
でもさ、聴力がもう二度と戻らないにしたって、ここで落ち込んでてももう聴こえないもんは聴こえないし、最近の補聴器は小型になってきてるし、都合の悪い時はひとみ婆さんみたいに「あんだってぇー?!あたしゃ耳が遠いもんでねえ!!ごめんなさいよお!!」って言えば許してもらえるし、それなりにやってくしかなくない?みたいな気分でおりました。
「寿命3ヶ月です」って宣告されても、うろたえる気がしないね。
しょうがないじゃん?嘆くエネルギーがもったいないわ。それならそのモードにチェンジして、やれることやって楽しめる範囲で楽しむしかないもんねえ?
そんで、「とりあえず鼓膜にステロイドを注入する処置を続けてみましょう」ということになり、現在も治療中でございます。
自分の鼓膜が映ってるモニター見て、そこに注射針が入っていくの見させられるのは慣れないけどね~。麻酔使ってるとはいえやっぱ多少は痛いし、耳の中に冷たい液体が流れ込んでくるのも不快だしね。
みたいなことを先生に言ったら、「人の鼓膜に針刺すほうも気分良くはないですよ」と返され、ぐぅの音も出ませんでした。失礼しました。
でもちょっとずつだけど聴力は戻ってるようなので、会話や観劇には支障なさそうです。
なんかさ、人間ってどこかの感覚を失ったぶん、他の感覚が研ぎ澄まされるっていうじゃん?
ダンサーマニアとしてヅカファンを30年弱やってるセリ美なので、これを機にダンサーをハントする感覚が更に鋭くなったりしないかしらね。
ダンサーをハントする感覚って何なんでしょうねえ?自分でも独特の嗅覚みたいなものは感じます。ブルーレイとかで群舞をぼんやり見てる時に、キラッと光るものが見えて「ちょっと待って巻き戻し!!今のダレ!?」みたいになる感じ。
生の舞台観劇中はオペラ上下の仕事などで忙しいので群舞を俯瞰でゆっくり眺めることができず、映像のほうで「今の?!」となることのほうが多いですね。
近年のダンス文化の定着によってJ-POPなんかのダンスの難易度も相当上がってるわけで、それを見た若い子らが「キッレキレ!!!」なんてよく誉め言葉として使ってますけど、キレなんかあんまりダンスに関係ないとセリ美は思っています。
高く跳べるとか速く回れるとか脚が上がるとか、身体的な機能はあんまり関係ないのよね~。
グルーヴ感とか緩急とか間合いとか背中の見せ方とか顔の角度とか、そういう生まれながらのセンスが「ダンサー」だと感じさせている気がしますね。あんまりダンサー扱いされてないけど、きよら羽龍ちゃんなんてなかなかのグルーヴ感持ってるんですよね。
セリ美が「この人のダンス、めっちゃ好きだ」と思うツートップであるミズさんも息子もバレエ経験者じゃないから、基礎にバレエがあってもなくても関係ないし、かといってブレイキンみたいなダンスも「タコ踊り」になってる人は基礎が叩き込まれてないパターンが多いからやっぱり基礎は大事だしね。
バレエ出身でも、なつめさんとか瀬奈さんとかはバレエ以外のダンスでもめちゃくちゃダンサーだと思うし。
でもいちばん謎なのは、名ダンサーほどきっぱりとダンスを捨ててしまうこと。
その辺も天才ゆえなんでしょうかね。
さて、チケットに関して劇団が小出しに制度の変更を発表していますが、まぁそこはなかなかね、難しいところですよね。「お花代を統一するとかそういうことじゃなくね?」みたいな、ね。
いろいろ書くと各方面から批判や否定の意見が飛んできそうなので言及はこの辺にしときますが。
人間界もSNSの登場でだいぶいろいろと人間の価値観もルールも犯罪の質も変わったじゃないですか。
セリ美の好きな言葉のひとつに「諸行無常」があります。
なにごとも変わってゆくのです。そう思っていれば老いても大抵のことは受け入れられます。
会だってむかしむかしは劇団もファンもWin-WInだった関係性が、何がどう変化していったのか、劇団が会の存在を都合いいように使い出したり、会同士の関係性も昔は普通にどこの会も仲良く楽しくサークル感覚でやっていたのに、いつの間にやら劇団の上級生ー下級生のような厳しい関係性になっていったようですし。
セリ美も間もなく研30になりますし、こういうブログをやってる関係で本当にいろんな立場の人たちからいろんなことを聞きますし、実際に目にもしますし。
「昔は良かった」「今は特に贔屓もいないし、とりあえず一旦離れよう」そう言えてしまえばとても簡単なんですが、なぜかセリ美と宝塚のご縁は切れないわけです。お茶会司会の依頼なんかもそうですけども。積極的にチケット確保やヅカファンとの交流に走っているわけでもないのに。
一方で「推し疲れ」とか「劇団のやり方にもうついていけない」「宝塚らしさが失われてしまった」とか思う人の気持ちもめちゃくちゃ解ります。
確かにセリ美の青春時代だった90周年前後は本当にもっと大らかな時代だったし、ジェンヌさんたちも足組んで椅子座ってケラケラ手叩いて笑いながら対談とかしてますしね。いま、そんなことやってスカステ出てる生徒さんなんていないもんねえ?
上級生から下級生への接し方も、昔は「あんたさ~、」みたいないい意味での身内感があったけど、今は上級生もものすごく下級生に気を使ってるのが分かるしね。カメラの前だけかもしれないけど。
少なくとも昔は「隠さなきゃ!徹底した優等生フェアリーを演じなきゃ!」みたいな風潮は今ほど厳しくなかったと回想します。
そんな厳しい風潮だったら、あのやりたい放題の真矢みきさんとか真琴つばささんなんて誕生してないしね。でもサイコーに面白かった。
この前、Yahooニュースかなんかで読んだけど、三田村邦彦さんが観劇に行った時にみきさんが銀橋でおもむろに写ルンですを取り出して、「イエ~~イ!」って三田村さんとのツーショットを本番中に撮ったんですって?(笑)
いまそんなことしたら大変よ!(笑)
群舞のときだって自分だけ客席に背中を向けてて下級生全員が客席のほうを向いてる振り付けのときにみきさんが下級生たちに渾身の変顔を披露して、思わず笑ってしまった下級生が終演後にみきさんのところに謝りに行く、という理不尽きわまりないいたずらも常習化していたそうで。
今だったら完全にコンプラ案件ですわ。
でもさー、舞台人って芸あってナンボなんだから、そういう遊び心こそがさらに舞台や芸を面白くするわけでね。
そうやって「昔はほんとにみんな自由で個性豊かで面白かった」と回顧する古参ファンの気持ちもよ~~~~~~っく解るんです。
でも、諸行無常なわけです、なにごとも。
社会とは切り離された永遠の秘密の花園だった宝塚ですら、コンプラの波に抗えなかった。
芸の道を極めるのに「時間外労働」って………ねえ?やりたい人は好きにお稽古させてやれよ!
この移り変わりを、宝塚見守り人としてセリ美は30年大変に興味深く観察しております。
この時代の変化を受けて、生徒さんや親御さん、ファンの質もかなり変わりました。
もはや「困ったもんだわのう」と思うことのほうが多いかもしれません。
ふた昔くらい前に、芸人の麒麟・田村さんが貧乏ネタを売りにして本とかを出版してたじゃないですか。
そのときに食べるものが無さ過ぎて段ボールをかじってた、みたいなエピソード、あったじゃないですか。
ご本人曰く、「噛み続けてると段ボールにも味の向こう側がある」と名言を放ったんですね。本当に噛み続けたのかどうか、ホラか真実かは分かりませんけども。
「誰もやったことのないこと」が大好きなセリ美は、その「向こう側」に行ってみたいんです。
普通は「もう贔屓もいないし」「昔とは全然風土や文化が変わっちゃったし」「宝塚らしい作品を書ける先生はもう誰もいないし」と離れていくところを、「困ったもんだわのう」と思うことのほうが多くなってもしがみついていたら「向こう側」に行けるんじゃないか、と。
そういうフェーズに入ってきてますね、いま。
というお話でした。
睡眠導入剤が効いてきて朦朧としてきたので、今日のところはこの辺で。
親御さんに課せられる膨大な仕事量も本当に見ていて気の毒……


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